弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

裁判官鬼丸かおるの反対意見,本件選挙についてその違法を宣言することが相当である

裁判官鬼丸かおるの反対意見は,次のとおりである。

私は,多数意見とは異なり,本件選挙時の選挙規定は憲法に違反するに至っており,本件選挙についてその違法を宣言することが相当であると考える。以下にその理由を述べる。

本件区割規定及びこれに基づく本件選挙区割りの憲法適合性について

(1) 衆議院議員の選挙における投票価値の較差の問題については,多数意見の3(3)アに記載されている判断方法が従前より採用されており,私もこの判断の枠組みは相当であると考えるので,この判断枠組みに従い検討を進める。

(2) 憲法適合性を判断する基本となる投票価値の平等に関する私の考え方は,平成25年大法廷判決において意見を述べたとおりであるが,概要は次のとおりである。
私は,衆議院議員の選挙における国民の投票価値につき,憲法は,できる限り1対1に近い平等を基本的に保障しているものと考える。

その理由は,両議院議員は,日本国憲法の前文,13条,14条1項,15条1項,44条ただし書に規定されているとおり社会的身分等により差別されることのない主権者たる国民から負託を受けて国政を行うものであり,正当な選挙により選出されることが憲法上要請されていると解されるところにある。特に衆議院議員を選出する権利は,選挙人が当該選挙施行時における国政に関する自己の意見を主張するほぼ唯一の機会であって,国民主権を実現するための国民の最も重要な権利であるが,投票価値に不平等が存在すると認識されるときは,選挙結果が国民の意見を適正に反映しているとの評価が困難になるのであって,衆議院議員が国民を代表して国政を行い,民主主義を実現するとはいい難くなるものである。以上の理由により,憲法は,衆議院議員選挙について,国民の投票価値をできる限り1対1に近い平等なものとすることを基本的に保障しているというべきである。

ところで憲法は,両議院議員の定数,選挙区や投票の方法等その他の両議院議員の選挙に関する事項を法律で定めると規定している(43条2項,44条,47条)のであるから,国会が上記事項を決定するに当たり立法裁量権を有することは予定されているところであるが,私は,国会が立法裁量権を行使して両議院議員選挙制度の内容を具体的に決定するに当たっては,憲法の保障する投票価値の平等を最大限尊重し,その較差の最小化を図ることが要請されていると考える。しかし,国会が配慮を尽くしても,人口異動による選挙人の基礎人口の変化や行政区画の変更といった社会的な事情及びその変動に伴ういわば技術的に不可避ともいうべき較差等が生ずることは避け難く,このような較差は許容せざるを得ないものである。したがって,投票価値の較差については,それが生ずる理由を明らかにした上で,当該理由を投票価値の平等と比較衡量してその適否を検証すべきものであると考える。

(3) 平成23年大法廷判決を受けて,国会は,いわゆる0増5減等を内容とする平成24年改正法及びこれを前提とする平成25年改正法を成立させ,選挙区割りを改めたが,この改定は,選挙区間の人口の較差が最大2倍未満となることを目的としたものであって,できる限り1人1票に近い平等を保障するものではなかった。このため,本件選挙時の最大較差は,予測されていたとおり2倍を超えることになったものである。上記の投票価値の平等に関する私の考え方からすれば,選挙区間の人口較差を2倍以内とすることに終始した本件選挙区割りは,憲法の要求する1人1票に近い投票価値の平等に反するものであるといわざるを得ない。

多数意見は,理由は異なるものの,本件選挙区割りはなお憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったものといわざるを得ないとしており,多数意見の本件選挙区割りの合憲性に関する意見の結論部分については,私も賛同するものである。

憲法の要求する合理的期間内における是正について

(1) 次に,本件選挙までに投票価値の平等の要求に反する状態について,憲法上要求される合理的期間内に是正がされなかったか否かを検討する。
なお,合理的期間の始期については,私も,多数意見の3(3)イに述べられているとおり,平成23年大法廷判決の言渡しがされた日である平成23年3月23日であると考える。

(2) 平成25年大法廷判決の多数意見は,3(3)において,「憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っている旨の司法の判断がされれば国会はこれを受けて是正を行う責務を負う」と述べ,国会に是正の責務があることを前提にして,さらに,「単に期間の長短のみならず,是正のために採るべき措置の内容,そのために検討を要する事項,実際に必要となる手続や作業等の諸般の事情を総合考慮して,国会における是正の実現に向けた取組が司法の判断の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なものであったといえるか否かという観点から評価すべきものと解される」として,合理的期間の経過の有無の判断に当たって考慮すべき事項を明確にした。そして,結論としては,この問題への対応や合意の形成に困難が伴うことを踏まえ,憲法上要求される合理的期間を徒過したものとは断ずることができないとしたのである。

本判決の多数意見も,平成25年大法廷判決と同様に,この問題への対応や合意の形成には様々な困難が伴うのであり,国会において是正実現に向けた取組が平成25年大法廷判決の趣旨を踏まえた方向で進められていたことから,憲法上要求される合理的期間内に是正されなかったと断ずることはできないとした。

(3) しかし,私は多数意見に賛同することができない。

国会が平成23年3月23日に投票価値の平等に反する状態にあることを認識し得てから本件選挙までの間に,3年8か月が経過した。これは,衆議院議員の1期分の任期にほぼ等しい期間である。その一方で,同日以降に衆議院において少なからぬ法案が可決されてきた状況に照らすと,期間の長短のみならず是正のために採るべき措置の内容,そのために検討を要する事項,実際に必要となる手続や作業等の考慮事項を総合考慮しても,国会が司法の判断の趣旨を踏まえて適切に衆議院議員の定数配分や選挙区割りの是正に取り組んだならば,上記期間内に,憲法の投票価値の平等の要求するところに沿った定数配分や選挙区割りの是正を行うことは可能であったろうと考えるものである。

衆議院議員の定数配分や選挙区割りの見直しについては,種々の論議があることは容易に想定できることであり,また国会内の合意を得て見直しができるのであれば,それが最も望ましいことであることについては,私も何ら疑念を持つものではない。けれども,どのような法案であっても問題への対応や合意形成に困難がないということは少ないのであり,また全ての法案が国会の合意形成を得て成立するものではないことはいうまでもない。国会は,国民を代表する両議院の議員が論議を交わし一定期間論議した後に多数決の原理に従って議決し立法に至るという代表民主制を具現する場である。衆議院議員の定数配分の見直しや選挙区割りの改革等に関する事項に関しては国会の合意形成を要するとする憲法上の要求はないのであるから,他の立法と異なる取扱いをすることは相当ではないと考える。

一方,当裁判所の大法廷判決において既に2度にわたって,衆議院小選挙区選挙における投票価値の較差は憲法の要求に違反する状態であることを指摘され,これらの判決には国会が是正の責務を負う旨判示されていることに照らせば,是正は国会の急務であって,立法裁量権に配慮しても,合理的期間を緩やかに解することは許されるべきではないであろうと考える。

以上のことから,憲法の予定している立法権と司法権の関係を考慮してもなお,本件選挙時には既に憲法上要求される合理的期間を徒過したものというべきである。

本件選挙の効力について

(1) 本件選挙における各選挙区の中には,議員1人当たりの人口の較差に開きが存在するが,本件選挙区割りはその性質上不可分であるから,憲法に違反する投票価値の較差を生じている選挙区のみではなく,本件区割規定ないし本件選挙区割りが全体として,本件選挙当時において,憲法の要請する投票価値の平等に反していたものであり,違法であったというべきである。そこで本件選挙全部の効力が問題となるところ,選挙を無効と認めるべきか否かについては検討を要するところである。

(2) 本件選挙を全部無効とした場合には,本件選挙により選出された衆議院の小選挙区選出議員全員の当選の効力が失われることになる。しかし,衆議院には,小選挙区選出議員のほかに比例代表選出議員180人が存在するのであるから,比例代表選出議員のみによっても憲法56条の定足数を満たすことができるのであって,定足数等の人数のみに着目すれば,衆議院の機能が直ちに失われることにはならないと考えることができよう。そして,民主主義の根幹である国民の投票価値の平等を尊重した是正が行われず,衆議院議員が国民を代表して国政を行い民主主義を実現しているとはいい難い状況で立法作業が継続されるという事態を一応回避できるといえよう。そうであれば,選挙は,判決と同時あるいは将来に向かって無効とするという結論を採ることもあり得るところである。

(3) しかしながら,小選挙区選出議員全員の当選が無効となった場合に,比例代表選出議員のみによって衆議院の活動が行われるという事態は,衆議院議員の小選挙区比例代表並立制度を定めた公職選挙法も,また衆議院議員選出のために投票した国民も予定しなかった事態であり,予期しない不都合や弊害がもたらされるおそれがあることを否定することはできない。国民は,本件選挙時に,小選挙区選出と比例代表選出の2選出方法による議員を選出することを前提とした投票行為を行っているのであるから,比例代表選出議員のみによって衆議院の活動が行われ,定数配分や選挙区割りが定められる等という状況の出現は,一時的なものにせよ,選挙時には想定していなかったものであり,そのような事態は,国民の負託に沿わないおそれが高いといわねばならない。

そして,多数意見が指摘するとおり,国会においては引き続き選挙制度の見直しが行われ,衆議院に設置された検討機関において投票価値の較差の更なる縮小を可能にする制度を内容とする具体的な改正案等の検討が行われていること等を総合考慮すると,事情判決の制度の基礎に存する一般的な法の基本原則を適用して,本件選挙が違法であることを主文において宣言することが相当であると考えるものである。


判決主文で選挙の違法を宣言するというものですが,事情判決に逃げているところがやや消極的です.



谷直樹


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# by medical-law | 2015-11-25 20:19 | 司法